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東京地方裁判所 平成7年(ワ)4896号 判決

原告

加賀電子株式会社

右代表者代表取締役

塚本勲

右訴訟代理人弁護士

佐瀬正俊

米川勇

小川義龍

被告

河本明

右訴訟代理人弁護士

鮎川一信

佐々木茂

主文

一  被告は、原告に対し、金四五〇〇万円及びこれに対する平成六年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金二億七一一九万八三七七円及びこれに対する平成六年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、電子機器等の販売業者である原告のもと従業員であった被告が、職務権限規程等に違反し原告に隠して、特定の取引相手に対し、原告が定めた与信限度額を超える多額の商品を掛け売りするなどして原告に損害を与えたとして、原告から、被告に対し、不法行為による損害賠償請求をしている事案である。

一  争いのない事実

1  原告は電子機器、電子部品等の販売を主たる業とする会社である。

訴外株式会社シュールド・ウェーブ(以下「シュールド・ウェーブ」という。)は、コンピューターソフトウエアのうち、ファミコン用ソフトの開発を主たる業とする会社であり、原告との間で、原告からパソコン等を購入するなどの取引をしていた。

被告は、昭和五八年三月二八日原告に入社し、平成四年当時、原告の京葉営業所長として同営業所を統轄する責任者の立場にあった者であるが、平成五年五月六日原告から解雇された。

2  被告は、原告の京葉営業所長として、シュールド・ウェーブに対し、平成四年九月ころから、一億円を超える多額のパソコン等の商品を売り掛けたが、売上金の計上を遅らせるなどして、原告に対し右売掛金の大部分を隠蔽し続けた。そして被告は、原告に対し、平成五年三月末日になって、初めて、右売掛金の全額を計上したが、売掛残金は約三億円に達していた。

二  争点

1  原告の主張

(一) 被告は、原告の従業員として、シュールド・ウェーブに対する前記商品販売につき、次のような義務違反行為をした。

(1) 被告は、原告の従業員として、就業規則五条三項の「職務の限界を超えて、独断的なことを行ってはならない。」との規程を遵守すべき義務があるにもかかわらず、これに違反した。右職務の限界については、別に、職務権限規程が定められており、これによれば、被告は、一〇〇〇万円以上一億円未満の販売取引については、営業管理室長の審査を経た上で、総合企画部長及び営業本部部長の決裁を、一億円以上五億円未満の取引については、管理本部長、総合企画部長、営業本部部長及び営業管理室長の審査を経た上で、営業本部長の決裁を、それぞれ受けることと定められていたが、右各手続を全く経ていなかった。

(2) 原告は、各取引先について、与信限度額を設定し、債権回収が不能となった場合の損害を最小限に抑えており、シュールド・ウェーブについて与信限度額を七〇〇〇万円と定めていたが、被告は、勝手に右限度額を超える販売取引をした。

(3) 被告は、平成四年九月中旬ころ、シュールド・ウェーブから、他社に対する一億五〇〇〇万円の債務返済資金を捻出する必要があるので、原告から仕入れるパソコン等の商品を他に転売しその代金をもって資金を作りたいとの申出を受け、これを了承して、商品の販売を行ったうえ、原告への伝票を作成しないで商品を動かすなど、原告に右売掛金が判明しないような工作をした。被告の右行為は、シュールド・ウェーブに対する一種の金融行為であり、原告の営業として行われるものではない。

(二) 原告は、被告の右不法行為によって、結局シュールド・ウェーブに対する売掛金二億七一一九万八三七七円を回収することが事実上不可能となり、同額の損害を被った。

平成五年三月末日現在のシュールド・ウェーブに対する売掛残代金は、合計二億九八八六万五七二七円(このうち被告が隠していた取引の総金額は、合計二億九八三〇万四三七七円)であったが、原告は、シュールド・ウェーブが倒産した平成六年二月までに、シュールド・ウェーブから現金または約束手形等で合計二七六六万七三五〇円を回収したので、原告の損害額は、二億七一一九万八三七七円となる。

2  被告の主張

(一) 被告は、あくまでも、原告の営業行為として、原告の利益を図るため、シュールド・ウェーブと取引をしたものであり、シュールド・ウェーブの利益のために取引をしたものではない。被告は、原告から許された営業行為の範囲内で、原告の利益向上を目的としてシュールド・ウェーブとの取引を行ったものであって、結果的に、債権回収が不可能になったとしても、被告には、そのことについて、故意、過失がなく、損害賠償の責任がない。

原告主張の職務権限規程及び与信限度額は、全く形骸化していたものであり、これまでに、その違反について原告から責任を問われたことはない。

(二) 仮に、被告において、シュールド・ウェーブに対する債権の回収不能について、何らかの過失があったとしても、被告の入社以来の原告に対する貢献度、被告の業務内容、原告の営業規模、原告の従業員に対する管理、監督体制等の諸事情を考慮すると、信義則上、被告の損害賠償責任は否定されるべきである。原告の損害額の主張は争う。

3  本件の争点

(一) 被告の不法行為の成否

故意、過失の有無

(二) 損害の額

金額 信義則による制限

第三  当裁判所の判断

一  証拠(甲第一号証、第二号証の一、二、第三ないし第八号証、乙第一号証、証人高師幸男、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  原告は、電子機器等の販売を主たる業とする会社で、昭和五八年当時、社員約九〇名を雇用し、年間約九〇億円程度の売上げを上げていた。

被告は、昭和五八年に原告に入社し、平成二年までに原告の京葉営業所副所長となり、平成三年四月から同営業所所長に就任した。

被告は、平成二年夏ころ、取引先の紹介で、ファミコン用ソフトウエアの開発を主たる業とする会社であるシュールド・ウェーブ(当時の商号は、株式会社タケルであったが、その後商号変更された。)の代表者渡部信和(以下「渡部」という。)社長と知り合い、そのころ、原告の京葉営業所として、シュールド・ウェーブに対し、右ソフトウエア開発のためのコンピューター三、四台を販売した。その後、被告は、シュールド・ウェーブに対する商品販売の担当者となり、平成三年一、二月ころ、シュールド・ウェーブとの間で、継続的商品取引契約を締結し、約一年間パソコン用周辺機器であるケーブル等の継続的売買取引を行ったりした。なお、原告は、取引先の倒産等による売掛金回収不能の損害を少なくするため、各取引先について与信限度額を定めていたが、平成三年一二月二六日ころ、担当者であった被告からの申請により、シュールド・ウェーブに対する与信限度額を従前の二〇〇〇万円から七〇〇〇万円に増額した。

2  被告は、平成四年八月二〇日ころ、シュールド・ウェーブから、代金約五〇〇〇万円相当のパソコン一〇〇台以上の注文を受け、そのころシュールド・ウェーブに対しこれを販売した。なお、原告とシュールド・ウェーブは、継続的商品取引契約において、売買取引代金は毎月二〇日に締切り翌月二〇日に現金払する旨の約束をしていたが、被告は、シュールド・ウェーブからの要請で、右売買取引について、同年八月三一日に売上げとして計上し、同年一〇月二〇日に代金の支払を受けることとした。

同年九月中旬ころ、原告の京葉営業所所長であった被告は、シュールド・ウェーブの事務所において、シュールド・ウェーブの渡部社長、黒崎勝正専務、渡辺皓生相談役と会合し、同人らから、約一億二〇〇〇万円分のパソコンを販売して欲しいと要請された。渡部らの説明によれば、その理由は、シュールド・ウェーブが第一勧業銀行御徒町支店から借入れした約七億円の債務について、かねてよりシュールド・ウェーブに資金援助をしていた訴外株式会社岩田屋(ファミコンソフトウエアの卸売等を業とし、当時、年商約一〇〇億円といわれていた会社である、以下「岩田屋」という。)が連帯保障をしていた関係で、シュールド・ウェーブが岩田屋に対して約七億円の債務を負担しているところ、岩田屋から、シュールド・ウェーブが同年九月末日までに一億円、同年一一月末日までに五〇〇〇万円を支払ったならば、残債務を免除するので是非支払ってほしいと要求されているため、原告からパソコンを仕入れ、これを直ちに転売して右一億円の返済資金を捻出したい、というものであった。

そして、被告は、その二、三日後にも、再度、渡部らから、一億二〇〇〇万円分のパソコン販売の要請を受けた。その際、渡部らは、被告に対し、今後シュールド・ウェーブは、ファミコンソフトウエアの卸売りを大々的に始める予定であり、その売上げとして月商一、二億円が見込めること、シュールド・ウェーブは、スーパーマリオワールドのキャラクターをカバンに使用できる権利を取得できる見通しであり、同年一一月から販売を開始して月商一億円以上の売上げが期待できること、シュールド・ウェーブは、ファミコンソフトウエア六、七本を開発中であり、これらを含めたシュールド・ウェーブの総資産価値は二億円になることなどを挙げ、同年一一月末日までには、間違いなく右パソコン代金全額を支払うと説明した。被告は、これを信用するとともに、将来、シュールド・ウェーブがソフトウエアの開発に成功するなどしてその業績を伸ばした場合には、シュールド・ウェーブと取引関係を深めていれば、シュールド・ウェーブと京葉営業所との取引高が増えて同営業所の売上成績が上がり、ひいては、原告の利益につながると考え、上司らに全く相談することなく独断で、渡部らの右申込みを承諾した。

こうして、被告は、原告の京葉営業所として、同年九月一八日ころ、シュールド・ウェーブに対し、代金一億二〇〇〇万円分のパソコンを売り渡し、シュールド・ウェーブの指示により、その転売先であってパソコン類の安売り小売販売店である「ステップ」へ商品を搬送した。しかし、被告は、当時すでに、シュールド・ウェーブに対する売掛金が五〇〇〇万円を超え、与信限度額である七〇〇〇万円に近い状態であったうえ、シュールド・ウェーブからの支払予定日が同年一一月であったことなどのため、原告の経理処理上、右一億二〇〇〇万円の売上げを遅らせて計上することとし、伝票に虚偽の日付等を記載して作成を遅らせたり、また、在庫商品の金額に上乗せをしたり、下請会社へ商品を有償で供給した形を作出するなどし、同年一〇月二〇日までの売上分(支払期日同年一一月二〇日)として約七〇〇〇万円、同年一一月二〇日までの売上分(支払期日同年一二月二〇日)として約五〇〇〇万円をそれぞれ計上した。

3  ところが、渡部らは、平成四年一一月中旬ころまでに、被告に対し、業績が上がらず同年一一月二〇日支払期日の約七〇〇〇万円を支払えない旨の通告したうえ、同年九月のパソコン取引代金約一億二〇〇〇万円と岩田屋に同年一一月末日支払う約束の五〇〇〇万円の資金を捻出するため、新たに約一億八〇〇〇万円分のパソコンを販売して欲しいとの要請をした。その際、渡部らは、そのパソコン転売代金を原資として、同年一一月二〇日までに約七〇〇〇万円、その後に約五〇〇〇万円を弁済し、ファミコンソフトのクリスマス商戦等で入手できる予定の売上金で、右の一億八〇〇〇万円を弁済するとの説明をした。さらに、その後、右の五〇〇〇万円については、シュールド・ウェーブが、原告から、ACアダプター一〇万本(販売価格一本約五四五円)を買い受けて、これを他に転売し、その代金をもって、原告に弁済するとの申出がなされた。なお、ACアダプターは、パソコン周辺機器の一つであり、原告が、かねてよりシュールド・ウェーブから注文を受けて、下請会社に製造させていた特注商品であった。

被告は、高額の取引に躊躇したものの、右説明を信用し、また、前記カバンの作成やファミコンソフトウエアの卸売りなども徐々に好転するものと判断して、独断で、渡部らの右申込みを承諾し、そのころ、原告の京葉営業所として、シュールド・ウェーブに対し、約一億八〇〇〇万円分のパソコンと約五五〇〇万円分のACアダプターを売り渡し、パソコンについては、前回と同様に、安売り小売販売店「ステップ」へ搬送した。しかし、被告は、すでに、シュールド・ウェーブに対する売掛金がその与信限度額を大幅に超えていたので、右パソコンとACアダプターの取引について全く伝票を作成せず、これを原告会社に計上しないで秘匿し続けた。

4  ところで、原告の就業規則五条には、「社員は次の事項を守らなければならない」として、その三項に「職務の限度を超えて、独断的なことを行ってはならない。」との規定があり、右職務の限界については、さらに職務権限規程が定められており、これによれば、被告は、一〇〇〇万円以上一億円未満の販売取引については、営業管理室長の審査を得た上で、総合企画部長及び営業本部部長の決裁を、一億円以上五億円未満の販売取引については、管理本部長、総合企画部長、営業本部部長及び営業管理室長の審査を経た上で、営業本部長の決裁を、それぞれ受けることと定められていたが、被告は、シュールド・ウェーブとの販売取引について、前記のとおり、右の各手続を全く履践していなかった。もっとも、一つの販売取引について、その金額を細分化し一〇〇〇万円以下の伝票を複数枚作成して計上した場合には、原告の会社内部の審査でこれを発見することが困難であったが、原告は、特にこれを防止する措置を講じていなかった。

5  シュールド・ウェーブは、原告(京葉営業所)に対し、平成四年一一月二〇日に前記一億二〇〇〇万円のうちの七〇〇〇万円を支払ったが、同年一二月二〇日に残金約五〇〇〇万円の支払をしなかった。そこで、被告は、そのころ、上司の高師営業第一部部長に対し、前記パソコン約一億八〇〇〇万円とACアダプター約五五〇〇万円の売掛金を隠したまま、右五〇〇〇万円の未払についてのみ回収見通しなどを報告し、同年一二月末日までに、渡部らに強く要求して、シュールド・ウェーブから、現金一〇〇〇万円と各額面二〇〇〇万円の約束手形二通(満期平成六年一月末日のもの一通と同年二月末日のもの一通、なお、これらはいずれも満期に決済された。)を回収し、これらを原告に納入した。なお、原告は、右五〇〇〇万円の支払が不履行になった段階で、被告に対し、シュールド・ウェーブとの取引中止を指示したが、そのころ、被告は、高師部長に対し、シュールド・ウェーブからの特注品であるACアダプター類の在庫品処理について相談し、同部長から、他への販売が困難であるとして、これをシュールド・ウェーブに販売してもよいとの承諾を得たため、その後、シュールド・ウェーブに対し右ACアダプター類約一一万本(販売単価約五四五円ないし五六五円)を販売した。

平成五年一月、渡部は、被告からの再三の督促に対し、前記パソコンなどの販売代金を一月末日に支払うことは困難であるとの回答をした。そこで、被告は、渡部に対し、最終期限を同年三月末日とすることを通告し、その後、右代金回収の努力を続けたが、結局、右期限までに回収することが不可能となったため、渡部に対し、約三億円の未収代金について約束手形を交付するよう要求し、シュールド・ウェーブ振出しの各額面二〇〇〇万円の約束手形一五通(満期は、平成五年九月から平成六年一一月まで毎月末日)の交付を受けたうえ、平成五年三月三一日、原告に対し、シュールド・ウェーブとの売買取引の全容を報告した。

6  原告は、平成五年四月以降、高師部長らが中心となって、シュールド・ウェーブの資産状況を詳細に調査し、小口の現金返済を受けたり、前記受取手形の書換(満期の延期)をするなどして売掛金の回収に努力を続けたが、平成六年二月ころまでに、合計二七六六万七三五〇円(そのうち二〇〇〇万円は第三者振出しにかかる各額面二〇〇万円の約束手形一〇通であり、これらは、いずれも平成六年三月から同年一二月までの各満期に決済された。)の支払を受けただけで、結局、合計二億七一一九万八三七七円の売掛金が事実上回収不能となって残った。

なお、平成五年四月以降に原告が調査したところによると、当時すでに、シュールド・ウェーブに対し債権者である岩田屋から債権回収を目的として人員が派遣されてきており、在庫商品や会社の資産は、ほとんど存在せず、スーパーマリオワールドのキャラクターを使用したカバンについては販売の可能性がなく、また、開発中のファミコンソフトウエアも商品価値の少ないものばかりであった。シュールド・ウェーブは、平成六年二、三月ころ、手形不渡りを出し、事実上倒産した。

二 以上認定の事実関係によれば、被告は、原告の従業員として、原告が定めた職務権限規程や取引先についての与信限度額を遵守すべきであり、これに違反することによって、雇用主である原告に対し、売掛金回収不能等による損害を被らせないようにすべき注意義務があるにもかかわらず、職務権限規程で定められた上司による審査や決裁を全く受けず、かつ、原告が設定した与信限度額七〇〇〇万円をはるかに超えて、独自の判断だけで、シュールド・ウェーブに対し、二度にわたって、約一億二〇〇〇万円と約一億八〇〇〇万円の商品を販売し、取引後においても、伝票に虚偽の記入をし不正に経理操作をするなどしてシュールド・ウェーブとの取引を原告に隠蔽し続け、シュールド・ウェーブからの売掛金回収が極めて困難となった後の平成五年三月三一日になって、初めて、原告にその全容を告白し、その結果、原告をして、売掛金の回収不能により、合計二億七一一九万余円の損害を被らせるに至ったものであることが認められる。これによれば、被告の右行為は、原告に対する不法行為というべきであるから、被告は、原告に対し、その損害賠償責任がある。

被告は、シュールド・ウェーブとの販売取引は、すべて原告の利益を図る目的で行ったものであるから、被告には、故意、過失がない旨主張する。しかしながら、前記認定事実によれば、遅くとも、平成四年一一月中旬ころまでには、(一)シュールド・ウェーブの渡部らが説明していた、ファミコンソフトウエアの卸売りやカバンの販売、ふぁみこんソフトウエアの開発等が予定どおりには進展しておらず、また、その後にこれらが好転するとの見通しについて十分な裏付けがなかったこと、(二)シュールド・ウェーブとのパソコン販売取引は、シュールド・ウェーブが他社への債務返済資金を捻出するためのものであり、シュールド・ウェーブにとって、原告からの仕入価格を下回る価格で転売して商品を現金化するものであるから、営業上の損失を招くだけの取引であること、(三)同年九月の約一億二〇〇〇万円のパソコン取引代金のうち五〇〇〇万円が約束どおり支払われず、シュールド・ウェーブが新たに申込みをした約一億八〇〇〇万円のパソコン取引代金についても、クリスマス商戦等による売上げをもって支払うことは容易でないことなどを十分に認識していたものであり、したがって、被告は、約一億八〇〇〇万円分のパソコンを新たに販売しても、その代金を回収することが困難になりうることを予見し得たのであるから、少なくとも、平成四年一一月中旬ころの段階では、右回収困難を予見して、与信限度額の範囲内で、上司の決裁を仰ぎながら取引を行い(前記認定のとおり、原告は、シュールド・ウェーブが平成四年一二月二〇日の支払期日に約五〇〇〇万円の支払を履行しなかった段階で、直ちにシュールド・ウェーブとの取引中止を指示していることに照らすと、被告が上司に対し早期にシュールド・ウェーブとの取引の全部を報告していたならば、同年一一月中旬の一億八〇〇〇万円の販売取引は行われずに済んだ可能性が高い。)、売掛金回収不能による損害を最小限にくい止めるべきであったのに、安易に、シュールド・ウェーブの渡部らの説明を軽信し、与信限度額を超え、かつ、職務権限規程を無視して独断で、シュールド・ウェーブに対し、約一億八〇〇〇万円ものパソコンを売り渡し、その結果、その売掛金の事実上の回収不能を招来したものであるから、被告には、右売掛金回収不能による損害発生について、明らかに過失があったものというべきである。

ところで、被告は、原告の被用者として、原告の事業の執行につき過失によって、原告に対し損害を被らせたものであるから、原告は、使用者と被用者との損害の公平な分担という見地から、信義則上相当と認められる限度においてのみ、被用者たる被告に対し、右損害の賠償請求をすることができるものと解すべきであるが、前記認定の事実関係のもとにおいては、原告の事業の性質、規模、被告の業務内容、勤務態度、加害行為の態様、その予防についての原告の配慮等の諸事情を考慮すると、原告が被告に対して賠償を請求しうる範囲は、信義則上、前記一億八〇〇〇万円のパソコン売掛代金の四分の一にあたる四五〇〇万円を限度とするのが相当である。

三  よって、原告の本訴請求は、右四五〇〇万円とこれに対する不法行為の後である平成六年四月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官市川頼明)

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